Fの足跡16(Chap301〜320)

Chap320:Destiny?
2006/9/5 17515歩(累計6008777歩)
  これが運命だとでも言うのか? データリカバリーを東京都北区にある某社にお願いしようと思ったが、電話での問い合わせの段階で「復旧不能」との返事が返ってきた。現物を見もしないで、何が分かる!? 当然、納得しない。セカンドオピニオンを求める。2社目は青山にある会社。電話での問い合わせでは埒が開かないので、直接訪問して現物を見せることにしたのだった。
  今日の写真。西島三重子の歌で有名な、千登勢橋。79年の歌だから、知らない人も多いかな。目白通りが明治通りを跨ぐ橋である。
 
Chap319:Suicide Day
2006/8/30 14571歩(累計5991262歩)
  SOS! パソコンが壊れた! 電源を入れた瞬間に、HDDが吹っ飛んだ! 人生最大のピンチだ!
  単にHDDを取り替えればパソコン自体は動くようになるのだが、不運にも7月の九州旅行の写真(約1000枚)と8月の甲子園観戦ツアーの写真(約700枚)はバックアップを取っていなかった。しかも、甲子園の方は、写真を取り込んだばかりで、まだ1回も見ていない。こんなのアリかぁ? 諦めようにも諦められない。すべての仕事をキャンセルして、復旧に向けて全力を注ぐ。もし、復旧できなかったら、私、自殺するかもしれない……。
 
Chap318:The Last Supper
2006/8/26 14457歩(累計5976691歩)
  幡ヶ谷の職場で親しくしていた人が退職するということで、お別れ会というほどたいそうなものではないけれど、軽く杯を交わすことになった。これまで何度かこのような会を催したことがあるのだが、これが最後になるのかと思うと泣けてくる。私も相手も、決して涙が似合う人間ではないのだけど、本当に目から涙が溢れたわけではないけれど、心の中では泣いている。
  仕事上でお世話になっただけではなく、ある種の緩衝剤のような役割を果たしてくれていた人だから、なおのこと寂しい。はぁ、今から来年が思いやられる。
 
Chap317:Old Fashioned
2006/8/10 18676歩(累計5962234歩)
  桜新町界隈を歩いていたら、商店街のスピーカーから懐かしい音楽が聞こえてきた。テレビアニメ「サザエさん」の挿入歌だ。それもそのはず、ここ桜新町は長谷川町子記念館があるだけではなく、街全体がサザエさん色に染まっているのだ。商店街でふと見上げれば、懐かしい初期型サザエさんが微笑んでいた。これ、テレビアニメでしかサザエさんを見たことがない人は、「誰だこりゃ?」と思ってしまうのでは?
  おまけ写真。世田谷区内は狭く曲がりくねった路地が多く、道が分かりにくい。どんどん、走りやすい新しい道を造ってほしい(上北沢1丁目)。
 
Chap316:There Is No Rule Without Exception
2006/8/7 24991歩(累計5943558歩)
  草創期には、F漫歩では「東京都内を歩く」と決めていた。しかし最近、未踏の地域を目指して他県に遠征に出ることが多くなってきている。目下のところ、その範囲は東京環状(国道16号)以内と考えているが、それさえ今後守りきる自信がない。というか、すでに東京環状の外に出てしまった漫歩もある。まぁ、「例外のない規則はない」ということで。
  今日の写真。その1:超難読地名です(草加市旭町1丁目)。その2:風流なアーチ型の木製歩道橋(草加市栄町2丁目)。その3:建設屋が掲げるナマズのハリボテ。地震に強いってことか?(草加市神明1丁目)
 
Chap315:Street Aquarium
2006/8/5 21550歩(累計5918567歩)
  家を出た瞬間に、熱されて重みを増した空気に包まれた。こうも暑いと、歩くのもちょっと辛い。そんなときには、銀座へ行こう。7/21〜8/31まで、数寄屋橋交差点角のソニービル前にて、毎年恒例のソニーアクアリウムが開催されている。大きな水槽が1つあるだけなのだが、少しでも涼をとろうと、多くの人が体を寄せていた。
  おまけ写真。岩本町駅近くに、お玉稲荷というお宮がある。「お玉」というのは「お玉ヶ池」のことで、かつてこの辺りには上野不忍池より大きい池があったのだとか。その後埋め立てで池は消滅しているが、随所に「お玉」の名が残っている。
 
Chap314:Summer Festa
2006/8/3 23040歩(累計5897017歩)
  梅雨が明けても妙に涼しい日が続いていたが、今日から夏本番だ。カラッと晴れ上がり、朝から日差しが痛いほどに強い。暑いのは嫌いだけど、やっぱり夏はこうじゃないと。この気候なら、阿佐ヶ谷駅前の七夕飾りもサマになる。七夕というと7月7日のイメージが強いが、ここには旧暦・新暦の問題が絡んでいて、複雑。一般的に、東日本では8/7に行うことが多いようである。天候の問題もある(7/7だと雨が多い)のかな。阿佐ヶ谷の七夕祭りも、本番は8/5〜9。
  おまけ写真。「通り抜け禁止」はよく見るけど、散歩まで禁止するケースは珍しい(中野区白鷺1丁目)。
 
Chap313:Not Yet
2006/7/31 22588歩(累計5873977歩)
  JR中央線の三鷹・国分寺間の高架化工事が、ようやく目に見えて進み始めている。かつて「開かずの踏切」と呼ばれた武蔵境通りの中央線踏切での名物渋滞も、もうすぐ緩和されるのだろうか。三鷹から武蔵境までは、高架橋もほぼ完成していて、新しい武蔵境の駅舎も形になっている。現在は、武蔵境・東小金井間で大規模な基礎工事が行われている状況だ。おかげで、東小金井駅はプレハブ仮設駅舎(南口)での営業という有り様だ。まだまだ、先は長いか。
  おまけ写真。JR吉祥寺駅北口の喫煙所。ヒナの餌は吸い殻ですか。センス悪すぎ。
 
Chap312:Take a Break
2006/7/15 30691歩(累計5851389歩)
  国道16号をずっと歩こうと思っていた漫歩だったが、道中の狭山に名物があることを思い出し、街なかを歩くことにした。件の名物というのは、これ。「ちょっと一服狭山茶♪」のフレーズは、埼玉県民なら誰でも知っているだろう。
  ところが、意外にも狭山茶を扱う店はそれほど多くはなかった。草加の煎餅店並みに密集しているのかと思っていたのだが、今回見たのは3軒くらいだっただろうか。第一、店は見ても茶畑はまったく視界に入らなかった。たまたま的外れな場所を歩いただけのか、それとも静岡茶に押され気味なのか。埼玉出身の私としては、頑張ってほしいところなのだが。
 
Chap311:Horse Chestnut Ave.
2006/7/10 10747歩(累計5820698歩)
  銀座というところは、何回歩いても飽きない。なにしろ他の街に比べて、遙かに洗練されている。この辺りに比べれば、青山や表参道なんていうのは子供騙しだな、とさえ思う。一歩裏に入ると緑が多いのも銀座の特徴だ。緑というか、街路樹。路地によって植えられている街路樹が異なるのも、新鮮でいい。この時期には、マロニエ通りは鬱蒼としたマロニエの葉に覆い尽くされ、木陰を渇望する人々に癒しの空間を与えていた。
  おまけ写真も銀座から。おしゃれな店が並ぶ銀座にあって、この店はかなり目立つ(東銀座駅周辺)。 
 
Chap310:Riverside Estate
2006/7/8 15276歩(累計5809951歩)
  厩橋と駒形橋の間、隅田川の東岸に人口の小川(前方の青い橋が駒形橋)のようなものが沿っている。割と綺麗な遊歩道が整備されているのだが、ホームレス以外ほとんど人通りもないような場所だ。ここを歩きながら、具に小川を覗き込んでみると、そこには蟹たちのマンションが建ち並んでいた。こんな場所に蟹が棲んでいることも驚きだが、巣穴の数にも驚かされた。たぶん、千単位の巣穴があるのではないか。
  おまけ写真。今日の昼食は、友人と錦糸町OLINAS内にあるイタリアンバイキングレストラン「オッティモイタリア」で。ハッシュドポテトとティラミスがお気に入りです。
 
Chap309:King Of Evader
2006/7/4 14071歩(累計5794675歩)
  都民税・区民税の申告書類が未提出だとかで、板橋区役所に呼び出された。そんなもん、毎年同じような申告内容なのだから、自動的に斟酌してくれと言いたくもなるところだが、渋々区役所まで出向く。特設窓口で長蛇の列の最後尾につき、待つこと30分。「所得ゼロ」のインチキ臭い申告が無事に終了した。
  どうでもいいことだが、最近、区役所庁舎内の冷房が弱い。狭い空間内でたくさんの人と同席して待っていると、汗ばんでくる。皆、呼び出し状を団扇代わりにしていたほどだ。節約するのは結構だが、少しは我々の身にもなってほしい。
 
Chap308:Checkpoint
2006/7/1 23577歩(累計5780604歩)
  市川橋のたもとをブラブラ歩いていたら、「市川関所跡」なる史跡に遭遇し、ふと足を止めた。関所といえば、陸路の街道筋に設けられるのが常だが、大河の川岸に設けられることもある。現在のように橋が何本も架かっているわけでははないし、大河が国境となることが多かったのだから、当然のことだ。ただし、この関所跡、昭和に入ってからの度重なる護岸工事の影響で、正確な場所は分からなくなってしまっているのだという。この「関所跡」は、いわばお飾りのようなものだ。
  おまけ写真も市川橋から。江戸川で水上スキーを楽しんでいる人がいた。いいなぁ。
 
Chap307:About:Blank
2006/6/27 16634歩(累計5757027歩)
  久しぶりに陽のある時間に解放され、意気揚々と歩き始めた……まではよかった。しかし、忙しい日々から突然放り出されると、虚しさばかりが胸を頭を覆い尽くしてしまう。気分よく歩き始めたはずなのに、神田明神を素通り。足が向かない。心地よく汗ばんでいたはずなのに、本郷三丁目駅付近の味のある商店街でも1回もシャッターを切らなかった。手が伸びない、頭が回らない。忙しいのは大変なことだけど、虚しさだけが残るくらいなら一生忙しい日々が続く方が幸せなのかもしれない。……というか、常にないものを欲しがるのが人間の逃れがたき業、と言うべきなのだろうか。
 
Chap306:Steeple
2006/6/25 12447歩(累計5740393)
  第一京浜を高輪二丁目交差点で北へ折れる。そして、しっとりとした味わいのある桂坂を上りきった交差点の角に、教会のような尖塔をもつ古い建物が建っている。これは、明治41年に建築された第二消防署二本榎出張所である。当時はここは港区ではなく「芝区」、大正時代の所管も「御田(現・三田)消防署」と、古い地名のオンパレードだ。海に近く、坂の上に建っているので、周囲に高い建物がなかった頃には「岸壁上の灯台」と親しまれたという。なお、今回は中には入っていないが、内部(3階)は資料室として開放されているという。内装もレトロで情感があるので、そのうち入ってみようと思う。
 
Chap305:Celery
2006/6/24 15002歩(累計5727946歩)
  私が漫歩を始めたきっかけは、半分は「歩きたい」ということ、もう半分は「駅そばを巡りたい」ということである。したがって、漫歩中に口にするものといえば、大半が駅そばということになる。しかし、今回は歩き飽きた道だからということもあり、駅そばではなく福しん(上板橋店)で食べた。このチェーン、安くて量があって、値段の割にはそこそこ美味い。大好きです。中でもオススメは、セロリとクコの実が入るタンメン(480円)。特に、意外にラーメンに合うセロリがポイントだ。
  おまけ写真。北町陸橋が完成し、環八通りが全線開通(羽田〜赤羽)となった。半世紀を要した遠大な工事だ。
 
Chap304:After a Long Long Long Time
2006/6/17 13129歩(累計5712944歩)
  ようやく、とびっきりの忙しさにカンマ(ピリオドではないところがミソ)が打たれ、約3週間ぶりに漫歩を開催できた。もともとは明日の釣行に備えて道具類を買い足そうと思って出掛けたのだが、勢い余って漫歩となった。なにしろ久しぶりのことだから、体がなまって(なまるような生活をしていたわけではないが)あまり歩数は歩けないかなと思っていたのに、全然疲れを感じることはなかった。次回から、どんどんペースを上げていきたい。
  今日の写真。池袋大橋上から、西口方面を望む。なんだか、あまり池袋っぽくない風景だ。
 
Chap303:AIOI Unihabited Island
2006/5/29 13243歩(累計5699815歩)
  秋葉原駅の北に、神田相生町という町名がある。こんな場所だ。そう、JRのガード下の道路及びその両側のわずかの土地が、神田相生町。この辺りには頭に「神田」のつく細かい町名がたくさん犇めいているが、中でも酷いのがこの相生町。建物と言えるようなものは皆無(ビルがあるが、住所は隣の神田練塀町になる)で、もちろん人口はゼロ。大正14年以来誰も住んでいないらしい。しかし、秋葉原駅前再開発の波が相生町にも忍び寄っている。近々、周辺町に跨って大きなビルが建ち、地名も整理されてしまうのかもしれない。
  おまけ写真。情緒系坂道シリーズ6:湯島中坂
 
Chap302:Hero
2006/5/28 20235歩(累計5686572歩)
  亀有の街を一躍万人に知らしめた、漫画「こち亀」。その影響力は私の想像を遙かに凌ぐものだった。駅前の商店街では主人公・両津勘吉が描かれた(こういうの、正式には何と呼ぶのだろう?)が踊り、遂に今年2月には駅北口に両津勘吉像まで設立された。これを目当てに駅前にやって来る子供たちが後を断たず、根強い人気を感じさせた。ちなみに連載30年というと、私の人生とほぼ同じ長さである。親子2世代に愛されている、数少ない漫画の一つだ。
  おまけ写真。千住大橋のたもとに、こんな碑が。私が尊敬する元祖漫歩マン・芭蕉の旅は、ここから始まった。
 
Chap301:Caved Shrine
2006/5/25 13498歩(累計5666337歩)
  虎ノ門の一等地に、下層階を半分えぐられたような、ヘンテコな高層ビルがある。そして、えぐり取られて洞門のようになった部分の入口には、何故か立派な鳥居が。これを潜ると、案の定というか、思っていたよりもずっと立派なお宮が鎮座していた。これ、実は1600年に丸亀藩主が江戸に邸宅を建てた際に、地元讃岐の金刀比羅大神を勧請したのが始まりという、由緒ある神社。そしてえぐり取られたビルの名は、「琴平タワー」。江戸の世の金比羅さん人気が垣間見えた。
  おまけ写真。不忍池端で、上野さつきフェスティバルが開催されていた。これが、総理大臣賞受賞作(右)。ハデハデ。
 


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